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​パブロ・ピカソ

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​ パブロ・ピカソは、言わずと知れた巨匠であり、作品は油絵、デッサン、版画、彫刻、陶器など多岐にわたり、高額で取引される傾向にあります。

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パブロ ピカソ(Pablo Ruiz PICASSO)

<1881年>

 10月25日スペイン、マラガに生まれる。父を師とする。

<1897年> 

 首都マドリードのサン・フェルナルド王位アカデミーに入学したが間もなく退学し、世紀末バルセロナの"モデルニスモ"の運動に身を投じる。

<1900年>  

 パリに行きトゥルーズ・ロートレックの影響を強く受ける。

<1901年>  

 "青の時代"を開始し、パリとバルセロナを何度か往復する。この"青の時代"は一つの表現主義的象徴主義で、スペインのゴシック芸術およびエル・グレコからの直接的影響が顕著で、主題の表現は壮絶である。

<1904年>  

 パリのバトー=ラヴォワール(洗濯船)に定住。  

<1905年>  

 "バラの時代"に入り、"青の時代"の厳しさを和らげ、旅芸人やサーカスを主題に描く。

<1906年>  

 古典主義的傾向に移行する。

<1907年>  

 20世紀絵画の出発点とされる『アヴィニョンの女たち』(ニューヨーク近代美術館)を描く。

<1908年> 

 ブラックとともにセザンヌの芸術に暗示を受けてキュウビズムを創始し、三次元的現実の概念を二次元的絵画に翻訳する『概念のリアリズム』の造形的研究を開始する。

<1921年> 

 『三人の音楽師』(ニューヨーク近代美術館、フィラデルフィア美術館)において"分析的"および"総合的"段階を経てその探求の完結を見る。

<1924年> 

 コクトー(Jean Cocteau,1889-1963)の『バラード』を手始めにディアーギレフを団長とするバレイ・リュッスの装置や衣装のデザインに協力する。

その後はキュビズムによる対象解体および再構成のイディオムを借り、また第一次大戦中から行っていた新古典的主題の両方からシュルレアリズムに近づく。

<1937年>  

 『ゲルニカ』(プラド美術館)は最大の傑作の一つである。第二次大戦中は人間性の危機感を作品に反映して描いたが、戦後は様式や形式にとらわれない自由な制作を続けた。

<1944年> 

 マネの『草上の食事』など過去の巨匠たちの絵画を改作した作品をしばしば描く。

<1953年> 

 この年より晩年まで、版画や素描を中心に自己表現的な『画家とモデル』のテーマに集中し、版画等多くの作品を生んだ。

<1955年> 

 ヴァロリスに移り住む。

<1958年> 

 エクス=アン=プロヴァンスに買ったヴォーヴナルグ城とヴァロリスを往復した生活をする。

<1960年> 

 ムージャンに移る。

<1968年> 

 『347シリーズ』制作。ピカソの版画作品の集大成として世界的にも有名。

<1973年> 

 4月8 日ムージャンで没。

 ピカソが遺した絵画・素描は膨大な数にのぼるが、彫刻、版画、ポスター、陶芸の作品も多く、各領域に優れた独創性を発揮した。また詩や戯曲などの文学的作品もある。バルセロナ、南フランスのアンティープに個人美術館がある。